造幣局の歴史

造幣局の歴史について

独立行政法人造幣局は硬貨の製造や勲章の製造、さらには地金の分析や試験等までおこなう法人です。その造幣局の歴史について考えていきたいと思います。


貨幣に対する信用を高めるため1869年に太政官の中に設置されました。貨幣通貨制度を安定させるため、1871年に現在の大阪市北区で開業します。1877年には現在の呼び名である造幣局と改称されています。


独立行政法人とは主務官庁から必要資金である運営交付金を受け取っていますが、その使用用途は独自に決めることができます。また組織の再編などの決定権をもっています。ただし、財務諸表を作成し、適切に交付金が使われているかチェックを受けなければなりません。はじめ57の独立法人が誕生し、その後徐々に拡大しています。2004年からは国立大学も独立行政法人になっているため授業料は年々値上げされています。


さて、造幣局ですが、大阪北区にある本局のほかに2つの支局があります。東京と広島にあり、一般的に使われている硬貨は大阪と広島で製造されたもののようです。
なぜ本局が大阪に設置されえたかというと、幕末に首都が大阪か東京か決まっていない段階で香港からイギリスの硬貨を製造する機械が大阪に運ばれてしまったからのようです。そしてそのままとりあえず設置したので、大阪が造幣局の本局となったそうです。


加納夏雄という人物がこの機械を輸入したときに本国であるイギリスとの金型の原型をやり取りするのに時間がかかるとして日本でつくってしまい、イギリスの職人を驚かせました。当時から日本の技術は素晴らしかったようですね。有名な名工の尽力で日本での貨幣の製造が始まりました。


今でも職員の多くは美術や工業系の専門学校出身者だそうです。技術が継承され日本独自の硬貨製造技術が生まれているのでしょう。造幣局はなかなかなじみのないところではありますが今はやりの工場見学も実施しているので一度行ってみると面白いかもしれません。

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